エレガントな人々

本日も、過去に書いたブログからの再掲です。原著は2006/8/28です。

伊藤清先生は2008年にお亡くなりになりました。また、金融工学自体が、リーマンショックの現況であるなどという、八つ当たり的な論を述べる人もいらっしゃいます。

最近では、光より早い素粒子が見つかったと報道され、(エレガントな人々の象徴である)アインシュタインの仕事を修正する必要がある、などと騒がれました。
世の中は数学ブームだそうです。
一時期、それを志したものとしては嬉しい限りです。

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数日前のgoogle newsに、伊藤清先生が第1回ガウス賞を受賞されたと報道されていました。


ウォール街でもっとも有名な日本人」などという形容がされていましたが、伊藤清先生の理論が金融工学という(比較的新しい)分野で利用されたという"だけ"のことで、伊藤先生自身が金融工学の知識をお持ちかどうか定かではありません。
(きっと、先生は、ご自身の数学領域にのみ、ご興味がおありになのだと思います)


伊藤清先生には、伊藤清三先生という(よく似た名前の)ご兄弟がいらっしゃって、ともに非常に抽象的な数学分野で多大な業績を残されました。このご兄弟の出版された「測度論」、「確率論」などに関する本は、非常に難しくて(大学院に入学以降)何度も読み返しては、証明をチェックしてという苦労をしました(教科書としては清三先生のものの方が多かったように記憶しています)。


伊藤先生の受賞分野である確率論という数学理論は、(高等学校で習うサイコロの理屈とは全く別物といってよい)非常に抽象的で「演繹的であるとはこういうことだ」と言わんばかりの、公理・定義、定理の山で出来上がっています。


数直線概念を含む「集合理論」を抽象化し、距離や面積の概念をも抽象化する「位相空間論」、それに立脚した積分概念と微分概念。
数直線であるとか、面積であるとか、距離であるとか、そういったものから本質的な性質のみを抜き出し、概念化と記号化を行って、解析学を構成していきます。


こういった理論の上に、伊藤先生の受賞理由である「確率微分方程式」(「伊藤のレンマ(補題)」、「伊藤のルール」)という業績が成り立っています。


数学の世界には、「エレガント」という言葉があります。


「定理がエレガント」であるとか、「証明がエレガントである」とか、(定義から一連の定理の連続である)「理論がエレガントである」とかいいます。


伊藤先生の業績を構成する、非常に抽象化された解析学の領域は、まさにエレガントというにふさわしい領域です。


ガウス賞にならんで、フィールズ賞も発表されていましたが、ポアンカレ予想に関するものだったようです。
アンリ・ポアンカレもまたエレガントさを重視するフランスの天才で、トポロジー位相幾何学)といった学問領域など多くの抽象概念を生み出しました。


私は一時期(20代の頃)、「数学で飯を食いたい」と本気で考えていた時期がありました。
(その頃には、一般企業に就職していましたので、まったく滅茶苦茶なことなのですが)


記事によると1942年にはノートを提出されていたとのこと。年齢を逆算すると先生が20代の半ば過ぎのことです。


数学の世界には、「早熟の天才」が歴史に名を連ねています。(中には、早熟、かつ夭折の天才という人もいます)
ガウス賞は、ドイツの天才学者(数学、物理学、天文学) カール・フリードリッヒ・ガウスの名を冠しています。
ガウスは早熟、かつ万能の大天才であって、不世出の学者でありました。


伊藤先生もまた、エレガントで早熟な天才であったわけです。


そして、エレガントでもなく、天才でもない私は、(30歳を目前にして、数学という「理学」に見切りをつけ) 「工学」という実学に自己の研究領域を変更しました。