「クラウド」と「ガバナンス」

先日、定期購読している「ITアーキテクト」誌が休刊になってしまう、という連絡がきた。
元々購読していた別の雑誌が再編されて「ITアーキテクト」誌になったのだと思うが、トレンドを見るのに重宝していたので残念だ。

そのVol.24にクラウド時代のITインフラ・ガバナンス」という寄稿があった。

クラウド」と聞けば、このログでも取り上げているGoogle App Engineや、Amazon EC2/S3、SalesForce, Windows Azureなどを思い起こす。
また、「クラウド」という言葉には、雲海のような「広大でとらえどころのない」というイメージがあって、これらのサービスが持つイメージにぴたりとあてはまる。Google CEOのエリック・シュミット氏が、2006年に用いたのが最初だとか読んだがCoolなネーミングだ。
そして、このクラウドを「パブリック・クラウド」と呼ぶことがある。
何故、わざわざ「パブリック」というのかというと、「プライベート・クラウド」というコンセプトが生まれたからである。

最近、広告や記事などで、頻繁にこの言葉を目にするようになった。
極めて主観的に情報を総合すると、その定義は「(得体の知れない)パブリック・クラウドを利用することをためらうユーザーのためのクラウド的ソリューション」と思われる。

上の定義で「クラウド的」といったのは、

  • インフラのコンセプトとして「スケールアウト構成」を採用していること
  • 技術基盤として、「仮想化技術」や「グリッド技術」、「構成管理技術(まとめて言うと、プロビジョニングというべきか)」を用いる点で、パブリック・クラウドとの共通部分があること

という意味である。

さて、改めて、先の記事のタイトルを読むと、「クラウド」という言葉と「ガバナンス」という言葉を一緒に使うこと(特にインフラ・ガバナンスとなっていること)に、違和感を感じる
言葉をそのまま繋げると、「雲を統治する」ということになってしまうのであるが、記事を投稿された方々は、わざと、この「矛盾を含んだレトリック」を選んだのだろう(これもまた、Coolなことだ)。


よく言われるように、「クラウドの本質」は、事業者が(インフラを隠蔽して)サービスの提供に特化することと言える(HaaS、PaaSという言葉もあるが、物理層を隠蔽する意味では同じだろう)。

この本質に沿うのであれば、クラウドの利用者は、(一定のSLAの元で)「盲目的に雲(空といってもいいかもしれない)から提供されるサービスを利用する」ことが理にかなっている。(amazon CEOのベゾス氏もそのように言っていたと思う)。

それでは、パブリック・クラウドとプライベート・クラウドの違いはどこにあるのだろうか

いずれのクラウドも、サービスの提供者は「クラウド的技術」を駆使して、「規模の経済」を追求するのであるが、ここに「梃子の原理」が働いているか否かの違いであると思う。

というのも、パブリック・クラウドでいう「規模の経済」とは、Googleでいえばトラフィックの増加による広告収入増大であり、amazonでは世界中の多くの製品カテゴリーをマーケットにする、という「ビジネスの根幹」をなす戦略に直結していて、このことが、クラウドの利用者側に

  • 世界最大のトラフィックをさばくインフラ技術を享受できる
  • HWやMWに関する技術革新の果実を享受できる

というメリットをもたらす、つまり、極めて戦略に整合した形で「win-winの関係」が築かれている

また、クラウドから得られるメリットとして、利用者側から見ると、

  • 瞬間的に大きなキャッシュアウトを生み出す設備投資を回避することができる。
  • 方式設計から調達、サービス構築のリードタイムを短縮することができる。

サービス提供者には

  • 余剰な機械能力からキャッシュを生むことができる。

などといったメリットが存在する。これは、プライベート・クラウドにも言えることだが、プライベート・クラウドの事業主の多くは、事業の根幹とクラウドの提供がリンクしていない(と思われる)。

これが、パブリック・クラウドとプライベート・クラウドの根本的な違いだと思う。
必然的に、パブリック・クラウド「どんどんと」、かつ「自然に」大きくなっていくが、プライベート・クラウドではそうはいかない。下手をすれば、運用費や設備の減価償却費を、顧客にチャージするだけになってしまう(GoogleAmazonでは、これらのコストは主業務から発生するものであるから、顧客にチャージする金額は自由に決めることができる)。

つい先日、SIerの営業の人と電話で会話をしている際に、「プライベート・クラウドとは、機器を買い取ってもらう形態を意味していて、機器を利用してもらう形態は(パブリック)クラウドだ」というようなことを聞いた。
これは、マルチテナント型ホスティング・サービスのことなのではないか(同時に、前者はハウジングのことなのではないか)と思ったが、電話での話しということもあり、深く議論することはなかった。

こういったことを踏まえて、プライベート・クラウドというコンセプトを、改めて(主観的に)定義しなおしてみると、

マルチテナント型のホスティング・サービスの一種で、クラウド的技術を駆使したエンタープライズ向けサービス

ということになろうか。
2009/9/3追記;ITProに「Cisco Data Center Forum」という記事が掲載されていた(こちら)。この定義で間違いないようだ。


このようなサービスは、仮想化技術、冗長化技術、その管理技術が発展し、それらが統合することによる「ひとつのあるべき姿」と思う。そして、これはインフラとしては堅牢なアーキテクチャであるから、「よいサービス」であることは間違いない
利用者は、大きな設備投資(借入金)を抑制することもできるし、サーバーを構築するリードタイムを短縮することもできる(かもしれない)。

だが、「セキュアである=機械やネットワークの身元がはっきりしている」という考えが働いている限りにおいて、「クラウド」という言葉を用いるのには違和感がある
そして、上に述べたような、梃子の原理によるメリットも享受できない。

先の論考の著者たちも、「パブリック・クラウドを主とし、プライベート・クラウドをそこまでの過程と捉えるべき」といっている。
さて、このプライベート・クラウドという言葉が海外にもあるのか?と思ってググってみると、
Internal Cloud、External Cloudという言葉もあるようで、Private Cloudという言葉を、上と別に定義している人もいる(こちら)。

ガートナーでも、この「言葉」が使われているようだ。このログと論点が近しいことも面白い。プライベート・クラウドの市場が伸びること、それを提供する事業者がパブリック・クラウドを提供するようになるだろう、とも書かれている(こちら)。

クラウドとガバナンス。
論点は分かるし、ビジネスとしての有望性も理解できるのであるが、(ガートナーのブログに書かれているように)「言葉が理解の邪魔をする」ように思われてならない。